FOLLOW US

NEWS

ESTINATEのシェフの歴史のお話📚 vol.2

この夏で6周年を迎えるESTINATE。

そして開業よりキッチンに立ちこだわりの料理を作り続ける木村シェフは沖縄在住歴が長く実は歴史通。

そんな木村シェフが皆さんにお伝えしたい、様々な沖縄の歴史のお話シリーズをこちらに記していきます。
【沖縄歴史探訪】
『美栄橋駅②ー新修美栄橋碑ー』
「なんでもない道すがら。
そこには過去に生きた人々の息遣いをふと感じさせる痕跡が残っている。
普段見ないところに注目していくと人生に厚みが出てくる。
そんなところに共感してもらえれば満足この上ない、そんな文章です。」
ESTINATE HOTELの最寄駅『美栄橋駅』の第2話目。
前回の段差のすぐ隣に『新修美栄橋碑』が建っている。
この石碑は1735年に長虹堤の「美榮橋(みえばし)」を改修した際に建立された。
碑には当時の三司官(琉球の役人の最高職)の名が刻まれていて、琉球の偉人「蔡温(=具志頭親方文若)」と共に三司官であった「識名親方朝榮」の名がある。三司官の中でも一番若年であった識名朝榮が、この改修工事を取り仕切った。
  当時の美栄橋は「新橋」と書いて「みーばし」と呼ばれていて、改修に伴い「美榮橋」と改められたのも識名朝榮の名からつけられたのではないか、とうかがえる。
実はこの碑には姉妹碑が存在し、それは首里城公園内にある。
それは「重修天女橋碑記」というもので、首里城の下方にある弁財天堂にかかる天女橋の改修工事の際の碑で、美栄橋のものの9年ほど後に建てられたものである。蔡温や識名朝榮の名も同じように刻まれている。
首里城見学のついでにでも見て頂きたい。
蔡温と識名朝榮は他にも、世界に先駆けた事業を琉球で行っている。
その話はまたの機会に。
次回へ続く