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ESTINATEのシェフの歴史のお話📚 vol.1

この夏で6周年を迎えるESTINATE。

そして開業よりキッチンに立ちこだわりの料理を作り続ける木村シェフは沖縄在住歴が長く実は歴史通。

そんな木村シェフが皆さんにお伝えしたい、様々な沖縄の歴史のお話シリーズをこちらに記していきます。
【沖縄歴史探訪】
『美栄橋駅①ー長虹堤(ちょうこうてい)ー』
なんでもない道すがら。
そこには過去に生きた人々の息遣いをふと感じさせる痕跡が残っている。
普段見ないところに注目していくと人生に厚みが出てくる。
そんなところに共感してもらえれば満足この上ない、そんな文章です。
ESTINATE HOTELの最寄駅『美栄橋駅』の南側の階段を降りるとちょっとした駅前広場がある。そこには古びた石碑が立っており、その奥の道は30cmほど段差がある道となっている。
今日のテーマはこの30cmの段差。石碑はまた次回。
この段差はNHKの『ブラタモリ』でも紹介され、タモリさんも歩いた道。
 日本の中心では室町時代、南北朝が統一され北山文化・東山文化が栄え、観阿弥・世阿弥が活躍していた頃、琉球では三国(三山)が統一され、首里に都がおこった。
外国との貿易も盛んに行われるようになり、大航海時代へと入っていく。
 そんな中、那覇の港ではいくつかの浮島が点在し、首里へは浅瀬の海に船を並べた船道を作るしかなかった。
1451年、第一尚氏・尚金福王は宰相の懐機に命じ、全長1kmにおよぶ堤防と橋からなる道を作らせた。この道が後に「長い虹の堤」と呼ばれるようになった。
30cmの段差はこの堤の痕跡なのだ。
 長虹堤の間に架けられた橋の一つが、現在の「美栄橋」で、駅名として今も残る。
当時を思いながらこの道をたどってみるのも、また一興。
 ちなみに、ESTINATE HOTELの契約駐車場のあたりが「久茂地のチンマーサー(海辺の洞窟)」と呼ばれた、長虹堤の起点であった。
次回へ続く